三国志検定〜関羽雲長編〜の解答・解説

<Q.1>

正解→3

彼の出身地が中国最大の塩湖の近くにあることから、塩の密売に関わったと言われています。この時暴利をむさぼる塩商人を殺して官吏に追われ、幽州に逃げてきたそうです。

<Q.2>

正解→1

2は張飛の武器、3は劉備の武器です。

<Q.3>

正解→3

自分が仕えるべき大将は劉備だけであることを強調。劉備の消息が分かり次第、そこへ馳せ参じることを許可してもらい、曹操の元へ行きます。場合によって(劉備が死んでしまった場合)は、自分も死ぬことまで考えていました。

<Q.4>

正解→2

曹操の元から劉備の元へ帰ろうと関羽が行軍している際、自分がいる関所を通ることを知った卞喜は寺に伏兵をおいて関羽を暗殺しようとしますが、和尚の密告により計画が露呈。結局討ち取られてしまいます。1は、曹操への恩返しにと倒した武将。3は董卓の配下として汜水関を守っていた将で、「酒が冷めぬうちに」と目の前に出てきた関羽に一太刀でやられてしまいます。

<Q.5>

正解→2

君主である韓玄に「得意の弓矢を使え」と言われて悩んだ末、命の恩人である関羽に借りを返す形でとった行動。それを見た韓玄は黄忠を裏切り者として捕らえてしまいます。

<Q.6>

正解→3

1は関羽の養子。最期は関羽と共に打ち首にされます。2は関羽の死後、仇を討つべく呉との戦で大活躍。その後孔明の作戦には欠かせない存在になりますが、若くして病死。彼の死を知った孔明は吐血してしまいました。3は三国志演義で南蛮戦にて登場したのみで、正史には登場していません。

<Q.7>

正解→1

長年一緒だった張飛や趙雲と同列なのは問題なかったようですが、他の2人、特に黄忠に関しては納得がいかなかったようです。その後、使者の費詩に説得され、五虎大将軍の筆頭の座に就くことになります。

<Q.8>

正解→2

関羽、張飛、馬超、黄忠がそれぞれ前将軍、右将軍、左将軍、後将軍に任じられ、趙雲は他の4人に比べ功績が少なかったため、一番後列にされていたそうです。ただ、趙雲は身分にはこだわらかったとも言われています。

<Q.9>

正解→1

痛みに耐える道具を用意しようとした華陀に、「そんなもの必要ない」と言い、そのまま治療させました。痛み声一つあげなかった関羽は、華陀に「あなたのような患者は初めてです」と言わしめたのでした。

<Q.10>

正解→3

関羽は、荊州の新太守となって赴任の挨拶に来た呂蒙(三国志演義では陸遜)を「相手にならない」とナメてかかります。相手が下手に出ているのをいい事に食料不足を補うため、呉の支配下にある地の食料を勝手に調達してしまうのです。しかし、この行動により呂蒙(呉)に戦争を仕掛けるための大義名分を与えてしまったのでした。その後呂蒙の策略にかかり、関羽は追い込まれていくのです。他の2つも大きな原因として掲げられますが、3がなければこの2つは発生していなかったでしょう。1が起こった理由として、2人が怠ってしまったことに対して関羽から「後で汝を容赦なく処罰する」と言われていたことがあります。こうした関羽の傲慢さが死を招いてしまったのです。

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