白洲次郎

12 05 2010

親から借りた「白洲次郎 占領を背負った男」を読みました。それまで白洲次郎を知らなかったのですが、こんな人物が日本にいたのですね!これは読むべき本だと思いました。読んで良かった〜。

彼は太平洋戦争で負けた日本を、事実上立て直した男です。この本は彼の一生(祖父の代まで遡る)を伝記っぽく書いてあります。資産家の次男として産まれた次郎は英国に長期留学。優雅な毎日を送っていたところ、会社倒産の報告を受けて急遽帰国することに。そこから彼の人生が大きく変わる訳ですが、先見の明があり、早くから日本が負ける事を予期し、鶴川(現在の町田市)に疎開します。戦後は日本政府とアメリカの占領軍「GHQ」との橋渡しに奔走。「われわれは戦争に負けたのであって、奴隷になったのではない」との名言も残し、GHQの要人から「従順ならざる唯一の日本人」とも言わしめたのでした。昭和天皇からダグラス・マッカーサーに対するクリスマスプレゼントを届けた時に「その辺にでも置いてくれ」とプレゼントがぞんざいに扱われたために激怒して「仮にも天皇陛下からの贈り物をその辺に置けとは何事か!」と怒鳴りつけ、持ち帰ろうとしてマッカーサーを慌てさせたというエピソードもあります。そして何より、吉田茂の腹心になってからの活躍ぶりには目を見張るものがあります。吉田政権が長かったのもひとえに次郎がいたからでしょう。貿易庁に就任した時は辣腕ぶりを発揮し、汚職を根絶し、通商産業省(=経済産業省)を設立。その辣腕ぶりから「白洲三百人力」とも言われたそうです。そして何より「サンフランシスコ平和条約」での行動には正直感動しました。周りが敗戦国として卑屈になる中、堂々と渡り合った次郎。彼なくして今日の日本はなかったのでないでしょうか。そして引き際も格好良かった!「日本一格好いい男」という見出しもありましたが、正にその通りだと思いました。

吉田茂の腹心として影で動いていた部分が多かったため、あまり知られていないエピソードも結構あるそうですが、最近になって白洲次郎の話題がいろいろ出てきてますね。これは、現在の政治家の情けなさを嘆いている方々が多いという背景もあると思います。今や「公約違反」と言われている民主党と鳩山首相。国のことより選挙のことを優先して考えているとしか思えない現在の政治家。この状況を白洲氏が見たらどう思うでしょう。今こそ、彼のような政治家が必要な時なのではないでしょうか。

日本にもこんな人がいたのか!?と強く感じ入りました。

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