城塞

7 01 2010

司馬遼太郎の書籍です。まだ「坂の上の雲」が読み途中なのですが、テレビドラマの影響か、図書館で貸出中が続いていて読み終えることができないため、どうしようかと思っていたところ、大阪冬の陣と夏の陣を経て豊臣家が滅びていくという「城塞」が目に入り、借りることにしました。今までこの時期にだけスポットを当てた本を読んだことがなかったので、真田幸村好きの自分としては嬉しい限りです。「上」「中」「下」と3冊に渡る上、それぞれ500ページ以上あるというボリューム。通常図書館の貸出期間は2週間なのですが、今回は年末年始に絡んでいるため3週間借りられたので、ゆっくり読むことができます。

この本は豊臣家の悲劇を描いているわけですが、秀頼の周りの環境がもっと良ければなあとつくづく感じ入りました。秀頼は無能と思われている節もありますが、それは環境がそうさせたと思います。一番の原因は政治の実権を握っていたのが淀殿とその周辺の局だったこと。(まあ淀殿にすれば、秀吉の側室だったし、何も位を持っていなかったので、秀頼にもしもの事があれば、ただの女になってしまうわけで、自分たちの身を守るために必死だったでしょうが・・・。)秀頼を公家にしようとしていたので、何も発言させずただ座っている置物のような存在でした。しかし達筆であったことは有名で、大阪冬の陣で和議を交わした時の家康の字と比べてひどいくらい差があったようです。また、冬の陣で牢人衆と触れ合った後、武士としての心が芽生え、彼を大きく変えました。中でも後藤又兵衛の影響が強かったようです。

そんな秀頼に対し、家康とその陪臣である本多正純は超悪人に仕立て上げられてました。特に顕著だったのは大阪方の家老である片桐且元を離反させるまでの間。天下人の家康が秀頼のいる大阪城を攻めようとしている頃、淀殿の使者として来た局たちには「秀頼は可愛くて仕方がないから悪いようにはしない。安心しなさい。」と温厚に接していると同時に、片桐に対しては「即刻大阪城を立ち去らなければ攻める!」と有無を言わせない態度で臨んでいました。他にも、冬の陣で「三の丸」の堀のみを埋める条件で和睦したのに、「二の丸」の堀まで埋めてしまい、大阪城を丸裸にしてしまったこともひどすぎです。常人では考えられない悪行です。これが天下人のやることでしょうか。もう最後の方の家康は腐れ切っていました。読んでいて本当にうんざりしました。

一方、大阪方の牢人衆がとても格好よく描かれていました。後藤、真田、長宗我部、毛利、明石・・・。そして秀頼の側近である荒木重成も勇敢で格好良かったです。中でもやはり真田幸村が一番格好良く描かれていました。冬の陣では「真田丸」で東軍の主力をことごとく蹴散らし、夏の陣では敵が乱れた隙をついて疾風の如く家康本陣を襲撃しました。敗色濃厚な軍勢がここまで勇敢に戦って敵総大将を自殺寸前まで追い込んだ戦はかつてなかったのではないでしょうか。結果は儚いものになってしまいましたが、西軍が戦国武士最後の華々しい戦いを遂げたことが十分に描かれていました。今まで真田幸村ばかりに目がいっていましたが、後藤又兵衛や毛利勝永、長宗我部盛親も素晴らしい武将だったのだと改めて認識しました。まあ、長宗我部盛親については以前、彼を描いた本を読んでいたので、その有能ぶりは認識していましたが。

それにしても秀頼は環境に恵まれていなかった。彼が決定権を持っていなかったのが本当に痛いです。冬の陣で秀頼の下の総大将が曖昧だったのもひどい話ですね。もし、自分が実権を握っている秀頼の立場なら、総大将に後藤又兵衛、軍師に真田幸村、軍団長に長宗我部盛親、毛利勝永、荒木重成、明石全登、大野主馬・・・。といった布陣で臨みたいですね。まあ勝てるかは別として。それだけ有能な人材がいたということです。前述した通り、長宗我部盛親の本は読みましたが、他の西軍武将たちの本も読みたいと思いました。

城塞とは、秀吉が作った難攻不落の大阪城のことです。

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