ポニョと252

4 08 2009

ネタバレ注意!

1回は観たかった「崖の上のポニョ」と「252 生存者あり」を観ました。まずは「ポニョ」。昨年有線で流れ続けていた歌は、今でも耳から離れません。映画も結構人気があったようなので、期待して観ました。瓶に顔が詰まって抜けなくなって波打ち際に打ち上げられた人面魚のポニョを主人公の男の子が拾ったところから物語がスタート。人面魚を「ポニョ」と命名して可愛がっていましたが、波打ち際にいたところを波が襲い、ポニョは海へと連れ戻されてしまいます。しかし、男の子が大好きになってしまったポニョは人間の女の子になって(男の子の傷口から出る血を舐めたため、人間になれた)、嵐を起こして男の子の元へ帰ります。そしてなんだかんだあった訳ですが、最後は何故か地球を救うことになり、人面魚に戻ってしまったポニョは男の子にキスをして再び女の子になることができるというストーリーでした。感想としては・・・、まあ1回観ればいいかなという印象です。かなりメルヘンな感じで、あまりのめり込めませんでした。宮崎さんの映画の中で一番面白かったのは今のところ「千と千尋の神隠し」です。それに比べると、「う〜ん」と唸らずにはいられませんでした。

次に「252 生存者あり」。小笠原で発生した大地震の後、気圧の変動により突如現れた台風8号。870ヘクトパスカルという、超大型台風が東京を直撃。人々がパニックに陥る中、少しでも多くの人を助けるため、内野聖陽が隊長を演じるハイパーレスキューが立ち上がります。銀座に次々と落ちる雹やお台場や新橋を襲う津波・激流は結構迫力がありました。また、伊藤英明が演じる元レスキュー隊員の活躍や、言葉を話せない娘の演義も良かったです。「252」とは、2回、5回、2回と順に叩いて「生存者あり」と救助を求める合図。この「252」の救出劇は、新潟中越沖地震の時に実際にあり、そこからこの映画が生まれたそうですが、最後はこの「252」を使いすぎていて重みを感じなくなってしまいました。要所要所で使われていた段階(旧新橋駅から地上へ伝えていた時と娘ががれきに埋まってしまって外の人間に伝えていた時)は良かったのですが、一番最後の場面で使ったのはあまりにもわざとらしく感じてしまい、それまで感動していた心が冷めてしまいました。それに、あまりにもじらし過ぎのような感じがしました。まあ、最後の後味はあまり良くありませんでしたが、総じて面白い映画だと思いました。内野聖陽のところどころの仕草は大河ドラマ「風林火山」の勘助を彷彿とさせられましたし、伊藤英明の熱い演義を観て、まだ観ていない「海猿」を観たいと思いました。

期待していた割には・・・。という感じでした。

期待していた割には・・・。という感じでした。

娘に渡した誕生日プレゼント関連の話が泣けます。

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